「isoon文書」とサイバー空間での「認知戦」について
9月、セキュリティクラスタでも話題になったNHKの番組がありました。
NHKスペシャル 調査報道 新世紀 File6 中国・流出文書を追う
過去このブログでも名著「サイバー戦争」を紹介しましたが、今や戦争はミサイルや戦車を街に繰り出すのみならず、インターネット上でも行われています。不正アクセスによるシステムダウンや情報の窃取はもちろん、アメリカ大統領選で実際にロシアがしかけ、トランプ大統領を生み出したとされる世論の誘導など、その影響は多岐にわたることは知られています。 しかし実際にテレビで、それも国営放送のNHKで報道されれば今までより多くの人がことを知ることができるでしょう。僕もこの番組を視聴しましたが、映像の力は強い、と改めて感じました。
今回取り上げられたのは、今年の2月、中国の安洵信息(I-Soon)という、表向きはセキュリティ企業、しかし裏では中国政府とも深い関連があるとされる高度持続的脅威(APT)グループ内部の様々な情報がGitHubに公開されたという事案(意図的だったとされています)。
中国の政府系ハッカー企業I-Soonから機密文書がGitHubにアップロードされる、「これまでで最も詳細かつ重要なリーク」と専門家
安洵信息技术有限公司(I-SOON) 中国スパイウェア企業からの情報漏洩
上記の記事は初報になり、その後世界中のセキュリティ専門組織が協力して、中国政府のインターネット上での活動を調査しました。その結果が番組の中心でした。 台湾侵攻を念頭とした道路交通網の情報や、少数民族の抵抗を防ぐための盗聴など、膨大なデータを集めていたようです。そしてリンクをクリックしたらtwitterアカウントを乗っ取り、botのように投稿を行うようになる「Twitter世論コントロールシステム」。これにより自分たちの望むような情報を一気に拡散したり、逆に押し込めたい考えを投稿するユーザに一斉にレスを送り付けるような挙動も可能になります。
番組で紹介されていた、コントロールシステムが利用していたとされるアカウント。モザイクかかっていますがどうみてもド〇えもん、このアカウント自分は見たことがあります。自分はフォローしていないのですが、誰かのリツイートで流れてきたのかもしれません。変な投稿をしていた記憶があります。 “変な投稿をしている”と勘づけるのはある程度のリテラシーを持っているからかもしれませんが、一般の人はそうは思わず、安易にリツイートし、結果として偽情報の拡散に協力してしまいます。
この画像は福島の原子力発電所が処理水を放出した際、僕のタイムラインにも「放出された汚染物質が海に拡散していくような印象を与える動画」として流れてきました。しかし画像の左下には「3.11の津波のシミュレーション」と英語で書いてありました、つまり明らかにだます目的で投稿したものになります。ですが残念なことにbotおよびそれを信じてしまう人間によって、このようなフェイクが容易に拡散させられます。
自分は偽情報には騙されないぞ、と思うのは危険です。この番組では台湾で「インド人が台湾に大勢入ってくることで治安が脅かされる」という政府へのデモの火種になった投稿が、中国のサイバー攻撃による焚き付けによるもの、という話がありました。怒り・不安・義憤・そういう僕たち誰もが持つ正常な感情を煽り、あたかも自分が自分の意志で行動していると思わせておいて、実際には他者による誘導の結果となります。ターゲットの国が社会不安に揺れればそれだけでも攻撃側には成果となります。日本でも毎日のようにSNS上では争いが絶えません。その後ろに国家の存在がいたとしても不思議ではないですよね。 このように、「偽情報により相手の認識を誤った方向に導き、判断を誤らせる」ことを”認知戦”と呼びます。 ソーシャルメディアの発展により、個人の思考や信念を把握し、「カスタマイズされた情報」を特定の対象に配信し、その認知や心理を誘導することが可能になりました。何が本当なのかが分からない、恐ろしい時代に生きていることを再認識しました。