【ブックレビュー】コンテナ物語
今日の記事はセキュリティやコンピュータの話とは異なります。しかし我々ITエンジニアの仕事に必需品となっているDockerコンテナの元の名前となった「コンテナ」に関する話なのでまったくの無関係ではありません(笑)
ビル・ゲイツを始め多くの著名人が絶賛しているこの本。コンテナというとITエンジニアの人はDockerをはじめとしたコンテナ技術を連想すると思いますが、この本はその用語の元ネタ、物理的なコンテナにスポットを当てています。港のフェリーに積まれ、JRの貨物列車で運ばれている金属製の箱です。このコンテナがどれだけ世界を変えたのか、という話です。「輸送がどう変わったのか」では終わらない本です、というかそれで終わったらこんなに高評価の本にはならないでしょう。
コンテナのやっていることは単純明快です。頑丈な金属製の箱の中に荷物を入れる、それだけです。この本を読む前にコンテナのメリットを考えれてると良いでしょう。 僕が思いついたのは、「外からの衝撃に強く荷物を壊さず運べる」「寸法が共通企画になれば輸送の際”X型コンテナを○○個”というやり取りで荷物量を共有できる」「荷物を紛失したり盗難したりすることを防げる」などを思いつきました。しかしこの本はその僕の考え「コンテナの物理的メリット」がコンテナの本質ではないとを冒頭からあっさり否定します。「コンテナの価値はそのモノ自体にあるのではなく、その使われ方にある」と書かれています。どういうことでしょう?
まず驚かされたのは現代のコンテナ船はただの輸送船ではなく、トラックさえ通り抜けできる巨大な”工場”であり、その中には少数の乗組員とコンピュータが十万トンを超える製品をベルトコンベア式に荷物の上げ下ろしを行っているということ。波止場の荷物運びは映画の中の存在になっています。無人化、機械化、大量輸送、いずれもコスト削減に寄与します。かつて港湾でかかる費用(荷物の上げ下ろしの作業員の給料、船の滞在費用、保険料などなど・・・)は重たいコストでした。港での労働環境は過酷で排他的、労使に信頼関係はなく殺伐としており最適化には程遠い状態でした。輸送プロセスにおける港湾利用の最適化ーコスト削減、盗難破損対策、時間短縮、処理容量の増加・・・・これらの課題を解決するアイディアこそがコンテナ。 そのアイディアは船を知らない門外漢により提供されました。”トラック野郎”輸送界の風雲児マルコム・パーセル・マクリーン。コンテナという考えは(筆者いわく審議は疑わしいということですが)マクリーンの「荷物を積んだトレーラーそのものを船に載せて運んでしまえばよいのでは?」という考えが発端でした。この考えはコストを根底とするもので、輸送プロセスの改善はあとから付いてくるものでしたが、この考えは革命的でした。なにせ港の非効率な作業をまるごと捨て去ることができるのですから。トレーラーから不要な車輪を取っ払い、”箱”による輸送が始まります。しかし本書にあるように、単に荷物を箱に詰めて輸送するだけであればそれほどのインパクトはありません。コンテナのすごいところは最初にも書いたように、個人の働き方が、地域インフラが、国の社会制度が、そして世界経済が、となにもかもが劇的に変化したことにあります。
マクリーンは終始コンテナの中心で常に先進的な活動を行いますが、それは単なる海運業のコスト削減にとどまらず、地域経済、国際ルール、言ってしまえば人の生活そのものを変えました。著者の持つ豊富なデータと幅広い取材から、コンテナの普及がどれだけ世界に影響を与えたのかを広範囲にわたり紹介している良著です。
コンテナの強みを政府に決定的に認識させたのは(よくある話ですが)戦争でした。ベトナム戦争でアメリカ本土からベトナムに物資を送るに当たり、人とコンテナ双方を積み込む混載船ではロジスティックスが機能しなかったのです。コンテナ用に改修されたベトナムの港は効率化を進めコストを削減。軍に「コンテナは単なる輸送手段ではなく、コンテナリゼーションはシステムである」と認識させます。冒頭に書いた『コンテナの使われ方』こそが本質。これはマイクロサービス化という概念を持つDockerコンテナでも共通です。
僕が生まれたのは静岡県清水市(現静岡市清水区)。僕が生まれる前の清水は港町として大変栄えていました。港には船が来て、岸沿いには多くの工場が立ち並び、清水港線という鉄道も通っていました。港湾労働者は力に自信あり。統制するには相応の力が必要だったのでしょう、清水次郎長がやっていたことはまさにそういうことでした。しかしそれも、コンテナが普及した今では過去の話です。荷物の上げ下ろしはリモート拠点で作業員が遠隔操作しています。それすらAIに置き換わりそうな予感があります。